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え?もう今から!?

今日、お迎えに行った後、お昼ご飯とおやつでも調達しようとスーパーに向かったのですが、お目当てのものはなかったので、移動しようと外に出た時、

今度はものすごい突風が吹き荒れてきました

すると、ゆーとりんがものすごい勢いで目をこすり、「いたい、いたい」と泣くんです。

普通だったら目にゴミが入ったのか?と思うところなんですが、実はゆーとりん、2、3日前からこうして目をこするようになっていたんですね。

「かゆいの?」 と聞いても

「ねむたいから・・・」 などと言うので、もしや・・・と思いつつ私も否定していたのですが・・・

「じゃぁ、明日にでも病院に行こう」 と言っても

「こわいからいきたくない」 と泣きじゃくっていたのですが、本人もあまりにも痛がり、そのうち自ら行くと言い出し、

ちょうど保険証なども持ち歩いていたので、その足で眼科に行ってみることにしました。

時刻はすでに12時を回ってしまっていたので、午前中の診療は終わりかと思いつつも、電話して聞いてみると、

受付は12時までだけど、元々今日は午前中だけの診察で、明日も計画停電などでどうなるか分からないということで、診てもらえることになりました。

一駅分ぐらい離れたところにいたのですが、「5分ぐらいで行きますから!」と猛ダッシュで行こうとしたものの、

とにかく今まで経験したことのないようなものすごい強風が吹き荒れて、自転車もこげないほど。

特に子ども2人も乗せているので、重くてハンドルも取られ、倒れそうになるくらい危ない状態。

危ない時は自転車を押しながら走り、少しやんだ合間をぬってはまたこぎ・・・なんとか病院へたどりつきました。

ここの病院は本当に親切で、確か前にも急にかかることになった時、時間がギリギリでそれでも受けてくれたんですよね。

先生も丁寧で、説明も詳しく分かりやすくしてくださるし、本当にいいところなんです。


受付を済ませて、3才以上ということで、まずは機械で視力検査をしようとしたのですが、ゆーとりんはなかなか1点を見ていられず、

おまけに目の痛さとかゆさでまばたきは激しいし、目もきょろきょろ動かしてしまうので、結局断念せざるを得ませんでした・・・

そしてしばらく待っている間に、2度ほど地震速報が入り、1度はかなりの揺れに・・・

揺れがおさまってから診察してもらったのですが、

「かなりひどい症状が出てしまっていますね。花粉症です」

と、完璧に宣告されてしまいました・・・

もしやもしやと思いつつも、こんな低年齢でかかってしまうなんてかわいそうだし、きっと違うだろうと自分に言い聞かせていたのですが・・・

ゆーとりん、たった5歳にして、花粉症とのお付き合い決定です

しかも相当ひどいということで、2種類の目薬に加え、飲み薬も処方されました。

実は夕べ、すごく鼻が苦しそうに寝ていて、実際私が気がついただけでも2回自分で起きて鼻をかんでいたんですよね・・・

その飲み薬は、鼻にも効くということなので、これで鼻のほうも改善されればいいなと思います。

耳鼻咽喉科までかからずに済みますし。

いずれにせよ、症状が改善されるまで1週間はかかってしまい、5月ぐらいまでは治療を続けなければいけないということで、

本当にかわいそうですが、これからはJたん共々花粉症との闘いです。

私はいまだに全く症状が出ていない人間なんですが、Jたんが花粉症なので、そうすると結構な高確率で子どもにも出てしまうそうなんです。

こういうところこそ私に似てくれればよかったのにな・・・


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結局・・・

今日こそは計画停電が実施される確率が高いということで、今日も朝からおおわらわ。

向こう1週間分の停電予定が発表され、やはり時間帯は毎日ずれていく模様。

そうでなくては、停電には協力する気持ちはみなあれど、どうしても不公平感は募っていってしまうでしょうからね。

我が第2グループは今日は15:20~19:00

明日は12:20~16:00で、午前中にまなちょんのサークルのお別れ会があり、家事はできないので、昼間のうちにカレーを作っておいて、明日もそれで済ませよう作戦。

元々今日は英語の日だったので、それも踏まえてカレーにするつもりではいたのですが、結局英語もお休みなので。

今日はゆーとりんも午前保育なので、お迎えに行ったらカレーを作り終えて、お昼ごはんとお風呂まで早めに済ませておこうと思ったのですが、ちょっとしたアクシデントが・・・

これはまた別記事にて。

で、結局帰宅時間が大幅に遅れ、お昼を済ませたのが14時過ぎ。

慌ててお風呂に入って、カレーも仕上げて準備万端。

15時20分ぴったりではなく、16時頃かな?と覚悟をしていたのですが・・・

結局、今日も消えませんでした。

でも、同じ幼稚園で町が違う人のところは消えていて、他にも同じグループでも友人と実家は消え、妹のところは消えていない状態です。

本当に区分けが分かりません。

停電することはもちろん受け入れています。

ただ、こうなってくると、今日はするのか、明日はするのか・・・?

そして油断しているといきなり消えてしまうとか、振り回されて神経をすり減らしていってしまいます。

被災地の方のご苦労に比べれば、本当になんでもないことなんですが、正直疲れます。

こうやって被災していない地域まで振り回して、疲れさせてしまっては元も子もない気がするのですが・・・


ネットのニュースで

救援物資は続々と窓口になる市町村に届いているんだけど、その先の各避難所に回せる手立てがない、というような記事を見ました。

ガソリンが不足しているし、そのガソリンもなかなか届かないらしく。

以前見たように、孤立している学校の避難所などには、ヘリコプターで空から落としてあげればいいのに、なんでしていないんだろうとも思っていたのですが、

これもまだ自衛隊は生存者の救出に動いていて、物資の輸送にまで手が回らないのだとか。

でも、もちろん1人でも多くの生存者を救ってほしいけど、そこは手分けして物資輸送もしてあげなくては、

せっかく助かって避難している人達が、どんどん衰弱していってしまって、いずれは・・・なんてことになってしまったら、どうするんでしょう?

テレビ局の人達があんなに何ヶ所も避難所を回って取材しているんだから、その時に物資も運んであげればいいのに・・・

こんなことを言っていても、私自身なんにもしてあげられないんだから、本当に非力で胸が痛みます。


ようやく安否確認!

宮城、福島に住んでいる友人や先輩たち。

現地は大変だろうからとこちらからの連絡はずっと控えていたのですが、こっちの仲間同士で連絡を取り合っても誰も消息を知らず、

グーグルの人探しやら、NHKのデータ放送の人探し、171とみんなでありとあらゆる方法で探していました。

控えていたほうがいいと言いつつも、さすがに何日か経って、みんなも私もさすがに心配になってしまったので、

思い切って先ほど電話してみたところ・・・

本人に通じることができました

ちょうど今日の今日、携帯も使えるようになったところだったそうです。

この友人はつい最近まで、県道沿い1800軒あまりが壊滅状態になってしまったという南相馬市に住んでいて、

今は家を建ててもう少し内陸のところに引っ越していたので、大丈夫だろうとは思いつつ、職場の場所は分からないので、もしや・・・とやきもきしていたんですね。

でも、確かに引っ越す前だったら結構危なかったみたいです。

今度はその辺りは原発の避難区域にもなってしまっているみたいですし。

でも、友人は実家のご両親も含め、ご家族もみんな無事だったそうです。

ただ、この友人、医療従事者ではないのですが、病院勤務で、近辺で機能している病院が新しいその病院だけで、

その機能を維持するために奔走しなくてはならず、大変な状態のようでした・・・

何はともあれ、無事で本当によかった・・・

須賀川や仙台の先輩たちも無事が確認されて、ホッとしました。


被災している石巻の伯父も、従妹共々なんとか元気で、水や食料も少しは調達できたとのこと。


テレビで見ていると、赤ちゃんや子ども達のオムツやミルクなどが足りない、全国のみなさん助けて!

というメッセージを目にして、同じ子を持つ母として、少しでもなんとかしてあげたい、送れるものなら送ってあげたいと思うのですが、

一般の私が東北地方に荷物を送れる状況にはまだなっていないし、(運送会社が受付停止してますからね)

阪神淡路大震災の時も、ボランティアのつもりで送ったものがゴミのようなものだったり、届くものが大量すぎて仕分けに苦労して、

ただでさえ疲れているのにありがた迷惑だった・・・なんて話も目にしたので、下手に動くこともできませんよね・・・

募金は億単位で集まってきているんだから、早く国が、政府がなんとか助けてあげてと切に願うのでした。


連絡は取れたものの・・・

ようやく一度Jたんから自宅の方に電話が入りました。

携帯ではやはり連絡が取り合えない状態です。

今の職場がビルの21階なので、それはもうすごい揺れだったそうです。

そして避難のためにエレベーターは使えないから、いったん階段を使って21階から1階まで降りていったと。

でも、結局こんな時でも落ち着いたら仕事に戻らなきゃいけないなんて。


そして、電車が全部止まっているので、今日はもうあきらめて会社に泊まるとのこと。

結構強い余震が続いているし、本当はいてほしいけど、もうそれは致し方ないですよね・・・


テレビでも続々と情報が入ってきて、とにかくすごいことになってしまっています。

妹と連絡が取れ、妹も母親も私にメールを出しているらしいのですが、私のほうは全く受信できず、確認もできない状態。

その後、なんとか母親とも携帯がつながりました。

母親の兄が宮城県の石巻にいるのですが、実は真っ先にメールがつながったのは、この伯父だったそうで、

無事だけはなんとか確認できました。

でも、車は流され、家の1階は浸水し、食べ物もない状態だそう。


東北一帯のライフラインが断絶状態のようで、父親の実家の秋田も心配。

そうこうするうちに、今度は長野県を震源地とする地震まで起きてしまい、もう本当にどうなっているのか・・・

今度は新潟の祖母の状態が心配・・・


東北は大津波に襲われて、火事まで起きている。

学生時代の友人や先輩達も何人か宮城、福島にいるのだが、みんな無事なんだろうか・・・

テレビに映し出される惨状に言葉もないと言うか、涙が出てくるばかり・・・

東北地方は一体どうなってしまうの?


大変なことが起きました!(東北太平洋沖地震)

今日はお天気もよく、平穏な日を過ごしていました。

お天気はいいけれども、お布団を干したり、掃除や洗濯などの家事をしていたために、まなちょんと散歩に行くこともなかったので、

ゆーとりんを迎えに行きがてら、どこか公園で遊ばせてあげようと考えていました。
(基本的にまなちょんは園庭では遊ばせられないため)

お布団は取り込んだものの、天気の割には洗濯物の乾きはよくなかったので、洗濯物は干したまま出かけていきました。

ゆーとりんを引き取り、自転車でなるべくよその幼稚園のたまり場になっていなさそうな公園を求めて、結局かなり遠い公園(新しく出来たけど、一度荒らされていたという公園)にたどりつきました。

ここはものの見事に誰もいなくて、大正解

さぁ、思いっきり遊ばせてあげよう、と思いきや、なんだか雲行きが怪しいことに・・・

みるみる黒い雲が広がってきて、雨が降りやしないかと心配になった私は、ゆーとりん達に謝りつつ、早々に帰ろうとしたんです。

すると、ピロピロピローという音が鳴り響いたんですね。

その音にかなりビビリ、泣き出すまなちょん。

今思えばそれは地震直前に流れる警報だったのですが、言葉までは聞き取れなかったので、私はこれ幸いと

「ほら、雨が降るから帰りましょうって言ってるんだよ」

と、ビビっている子ども達をうまく言いくるめて、自転車に向かって歩き出しました。

すると、その時、ズンッでもグラグラーでもなく、なんというかうわんうわ~んといった感じに地面全体が揺れ始めたんです。

近くに一組だけいた親子連れも驚き、怖がって私達の方に駆け寄ってきて、私もゆーとりんとまなちょんを抱えるようにして地面にしゃがみこみました。

幸いこの公園はだだっ広くて、何かが落ちてきたり、倒れてきたりするようなところじゃなかったので、それほど恐怖を感じずには済みました。

公園の周りではたくさんの家やアパートが建築中で、その作業員の人達も声を掛け合って、慌てて公園まで避難してきていました。

家を離れていたので、直後からJたんの両親に電話をかけようとしたものの当然つながらず、Jたんとも連絡は取れないまま。

ゆれが収まるのを待って、とにかく家に帰ろうと一目散に家に帰りました。

帰る途中、結構大きな不動産会社があるのですが、ガラスが割れて道路に散乱していて、社員の人達が通行人が怪我しないよう、

ブルーシートで囲ったりして対処しているのを目の当たりにして、これは家の中もどうなっているのかと心配になってしまいました。

外には近所の人が集まっていましたが、みんな無事そうで、Jたんの両親も無事でした。

家の中は、これも幸いなことに食器棚などもまったく平気でした。

ただ、1、2階に比べて私達の居住区の3階は結構物が落ちて散乱していて、タンスが開いていたり、カギをかけていなかった窓が開いていたりしてビックリしました。


家に帰ってからテレビを見ると、東北の方でものすごい規模の大地震が発生したとのこと。

その内、もう一度大きな揺れが

今度は茨城県が震源地ということで、余震ではなく、全く別物の地震だと。

一体どうなってしまうの?


そして、Jたんはもちろん実家の家族とも全く連絡が取れない状態です。


ゆーとりんの成長記録(’11.3月)

ついに年中最後の成長記録です。

身 長 : 104.2cm (2月 104.0cm 0.2cm up

体 重 : 15.4kg (2月 15.0kg +0.4kg



1年間で身長は5.1cm、体重は2kgも増えました。

は~、こうして見ると1年間の成長ってすごいものですねぇ。

食の細いゆーとりんは、年少さんの1年間ではトータルで800gしか体重が増えなかったんですけど、今年は2kgも

まだまだトータルでは細いことには変わりありませんが、ゆーとりんにしては結構な増加率だったんじゃないでしょうか。

あと1年後、小学校の入学前にはどれぐらい成長しているのかなぁ?



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